男の子って、なんか、ずるいよね。
男と女じゃ体格が違う、っていうのはわかる。背だって、女より大きい男の方が多数派だ。
アークだって、私より軽く頭一つ分は大きい。レインはアークより小さいけど、それでも私よりは背が高い。
それで、私の手の届かない木の実を、ひょいと取って口に入れたりする。別に、羨ましいとか悔しいとかいうんじゃないんだ。私は女の中では小さい方じゃないし、もっと身長が欲しいと思ったこともないし。
なんとなく、ずるいなって思うだけで。
ただそれだけなのに、木の実が欲しかったわけでもないのに、もう一つ木の実をむしって私に渡すんだな、アークの奴は。そんなに物欲しそうに見えたのかな。心外だよね。
まあ、美味しかったけど。
腕力なんかもそう。
そりゃあ私も一応戦士だし、並みの男に比べればずっと強い。でも、同業者の男なんかが相手になると、やっぱり敵わなかったりすることも多いわけで。
いつだったかな。いつもの喫茶店で、レインに乗せられてアークと腕相撲したことがあったっけ。腕相撲で気張らせれば、アークの無表情も少しは崩れるかな、なんて私もノリノリだった。それが、私とそんなに変わらない太さの腕だけど、まるで根っこでも張ったみたいに動かなくて。当初の目的を忘れてムキになって力入れたら、少しずつ動いて。アークの手の甲をテーブルに付けた頃には、肩で息してたわ。
まあ、無表情は崩せなかったんだけどね。
「無事か?」
鋼と鋼を打ち鳴らす音が響いた時、アークは大きな壁のように背を向けていた。剣で受け止めた斧を押し返す動作に淀みはない。アークの腰が僅かに沈み、直後、牛面の怨霊は大きく後ろにのけぞった。その隙を逃さず、剣が一閃すると牛の頭が宙を舞った。
ずるいよなあ。やっぱり、ちょっとだけそう思う。
ちらりと横顔が見える。相変わらずの無表情。烏のような色の美しい黒髪と、同じ色の瞳。白い肌は決して病的ではなく、むしろ闇夜に浮かぶ月を思わせる。せっかく美形なのに、冷たい無表情じゃもったいない。そう口に出したことだって、たくさんある。
戦場に残された幼いアークをイリアとクラウが見つけた時、既に彼の心は壊れていた。私はそう聞いている。戦災孤児なんて、決して珍しいものじゃない。私とレインだって似たようなものだし。幼い子供が、目の前で家族を惨殺されれば、言葉を失ったり記憶を失ったり、もっと大きな傷を心に負うことだってある。感情が欠落して無表情になるっていうのも、強ち聞かない話じゃない。
これでも随分良くなったって、初めて出会った時にイリアが言っていた。あの時のイリアの優しい微笑は、今でも忘れられない。
「アーク、イリアとクラウはどうしたの?」
まだ敵が、どこかに潜んでいるかもしれない。周囲に警戒しながら私は剣を拾う。この瓦礫だらけの廃村でかくれんぼをしたら、さぞかし楽しいに違いない。
「今頃敵を殲滅しているだろう。だから先に俺がここに来た」
アークが振り返る。
立ち上がろうとしたら、右膝に痛みが走った。
「っつ」
ちっくしょう、あの牛野郎。数に物言わせちゃってからに。
不意に眼前に現れる革手袋。アークの手だ。顔を上げると、高い陽の光が目を灼く。逆光でよく見えないけど、きっといつもの無表情だ。
右手に力を込めると、冷たい剣の感触。歯を食いしばり膝の痛みに備え、跳ね上がるように立ち上がる。そのまま剣を真っ直ぐに突き出した。
おぞましい絶叫が廃村にこだまする。よっしゃ、手応えあり。
私の剣はアークの左脇腹と左手の隙間を縫い、その背後にいるものを刺し貫いていた。
アークが身体を反転させるが、目の前には何もいない。ただ、私の剣を濃緑色の液体が伝うのみ。
「インヴィジブルストーカー。教えたことなかったっけ?」
大きく目を見開くアーク。出会った頃に比べれば、随分表情や感情を表に出すようになったけど、それでも久しぶりに見た気がする。
「身を隠す遮蔽物がある場所にこそ出没するタチの悪い怨霊、だったな」
アークの口元に、かすかに苦笑が浮かぶ。胸に暖かいものが広がる感じ。私は剣を引き抜き、血払いをする。
いつの頃からか、アークの顔ばかりを見るようになっていた。それは……別にヘンな意味じゃなくて。ただ、一度心を失ったアークが、笑ったり、怒ったり、悲しんだり……そんな表情を見たかった、見つけたかったからで。喜んで欲しい、笑って欲しい。そう思うだけで。だからつい、ちょっかいだしたりからかったりしたくなっちゃうんだけどね。
「アークも結構強くなったけど、まだまだ私には及ばないね!」
「……そんなこと言って、俺が来なかったら実は危なかったんじゃないのか?」
強ち否定できない。だが断る。
「そ、そんなことないよ」
「でも、ま……」
周囲に敵の気配はない。インヴィジブルストーカーも、もういないみたいだ。
アークは剣を背中の鞘に収める。
「無事で、良かった。本当に」
逆光なのに、笑顔が眩しかった。
暖かい、と言うか、少し熱かった。胸ではなく、顔が。
本当……男の子って、ずるいよね……。