強さとは、何だろう。
そう問われれば、俺は迷わず答える。
強さとは、力だ。
憎い怪物どもを倒すための、力。
この世界に災厄を振りまくモノを、撃滅する力。
力がなければ、戦えない。
力がなければ、生き残れない。
力があれば、敵を倒せる。
力があれば、仇を取れる。
力が、あれば……。
祖龍の街ってのは、いつだって活気に溢れている。それが西地区なら、尚更だ。
軒を連ねる商店。行き交う人々。中には怪しげな商店もあるが、とんでもなく貴重なものがこともなげに店先に並んでいたりするから侮れない。この街に来れば、手に入らない物はないとさえ言われている。強ち大げさにも聞こえない所が、この街の凄さでもある。
それは、モノだけに限らない。
呪われた沼地の程近く。村の長老から化け物退治を請け負ったはいいが、命からがら逃げてきたなんて、かっこ悪いにも程がある。かと言って、依頼を投げ出すなんてのは以ての外だ。俺にも戦士としてのプロ意識がある。
……報酬が目減りするのは残念だが、そんなことも言っていられない。
「おい、そこの女」
白く小さな羽根が頭から生えているのがエルフ族の特徴だ。着ているのが法衣ならば、精霊師だと思って間違いない。
女が振り返る。眉間に皺が寄っているが、機嫌でも悪いんだろうか。
「これから呪われた沼地で仕事がある。ついて来てくれ」
「ごめんなさい。他を当たってくれるかしら」
言い終わると、そっぽを向いてしまう。
「そうか。邪魔したな」
ふん。何もお前でなくてもいい。精霊師なんて、他にもいくらでもいるんだ。
「おい、そこのお前」
若い男だ。手にしている武器を見るに、俺とさほど変わらないレベルだろう。
「これから呪われた沼地で仕事がある。ついて来てくれ」
「ああ? 何お前? なんか偉そうだな」
「来るのか、来ないのか」
「ちっ。なんだよコイツ。行かねえよ」
「そうか。邪魔したな」
どうもエルフ族ってのは扱いづらいな。他を当たるか。
「おい、あんた。仕事を手伝って欲しい。ついて来てくれ」
「はい? なんなんですか、あなた。突然すぎませんか?」
「来るのか来ないのか」
「行きたくないですね、あなたとは」
ちっ。
「そこの精霊師。ちょっと仕事があるんだが」
「ごめんなさい。先約があるの」
「ちょっといいか」
「悪いね。これから犬の散歩に行かなきゃならないんだ」
「おい、そこの」
「すいません。金魚の餌を買わないといけないから」
「ちょっとあんた」
「ごめんねー」
どいつもこいつも。
しかし考えてみれば、仲間を探す時などは、いつもエミーに任せきりだったな。こんな時、どう声をかければいいのか勝手がわからない。エミーのヤツ、いつもどうやっていたんだろう。
うん? あそこにも一人いるな。露店を開いている男と話し込んでいる。法衣も武器も、俺と同じ程度のレベルか。良し。
「おい、そこの精霊師」
「はい?」
女が振り返る。プラチナブロンドを頭の後ろで一つに結っている。少し幼いようにも見えるが、エルフの年齢なんかわからんからな。
「おー、霊華。『精霊師』だってよー」
金髪を逆立てた男がいた。露店主か。隣にはもう一人、エルフ族の女がいる。この女も店の人間か。
「なーに? 別におかしくないでしょー?」
「そりゃ、まあ、そうじゃけどなー」
からからと男が笑う。店の女は無表情だ。
「これから呪われた沼地で一仕事ある。ついて来てくれ」
きょとんとしている。他の二人も俺を黙って見ている。何がおかしいんだ。
「随分、唐突だよねー。なんか偉そうだし」
「霊華」と呼ばれた女が苦笑した。
「そんな気はない。来るのか、来ないのか」
「呪われた沼地って、あんま好きじゃないんだよね」
ふん。こいつもか。
「そうか。邪魔したな」
「ちょっとちょっと。待ちなよ。行かないとは言ってないじゃん」
「じゃあ、来い。回復さえしてくれれば、後は俺が戦う」
「待って待って。まだ行くとも言ってないでしょ?」
何を言っているんだ、こいつは。わけがわからない。
「どっちなんだ?」
女は奥の二人と顔を見合わせ、大きく息をついた。
「あのさあ、名前も名乗らないで、ただ『来い』なんて言ったって、誰も来てくれないよ?」
ふむ。そういうものか。
「スタール・B・ジュウイクト。ミドルクラスの戦士だ。お前も同じ位と見たが」
「え? あ、あー、うんうん。あはは」
なぜか慌てている。奥の男が笑いを堪えているようだ。店の女は相変わらず無表情だったが。
「なあ、おいらもついていこうか?」
急に商人がしゃしゃり出てきた。商人が戦力になるとは思えんが。足手まといが増えるのは困る。
「ありがと。でも、大丈夫だよ。呪われた沼地だし」
こともなげに辞退した。当然の判断だな。
しかし、どうも緊張感がない。呪われた沼地を甘く見ているんじゃないだろうな。
「そうだな。商人なんかにしゃしゃり出てこられても足手まといだ。精霊だけ来ればいい」
「うへえ。わっかりました。おいらはここで留守番してまーす」
おどけて見せる。店の女が接客を始めた。
「そんじゃ、王子、行ってくるね。この法衣、ありがと。無駄遣いにはならないっぽいよ?」
「おう。まあ、汚さないように頑張れよー。はっはっはー」
こいつらは、これから行く場所をわかっているのか。
不安だな。やれやれ。
「それじゃあ、改めて自己紹介。ギルド『劇団ロンリースター』の霊華だよ。よろしくね」
法衣の裾を軽くつまんで、霊華は恭しくお辞儀をして見せた。
「その法衣、あの商人から買ったのか?」
「んーん。もらったの」
「商人の癖に売らないのか」
「無駄遣いするのが好きなんだって」
言いながら、ころころ笑う。鈴を転がすような笑い声だ。
「ふん。まあいい。テレポート代は俺が持つ。行くぞ」
「はーい」
やはり不安だ。人選、ミスったかもしれん。
呪われた沼地。
突如出現した怨霊の巣窟「死霊の門」から発せられる瘴気によって汚染された土地だと聞く。いつ来ても空は分厚い雲に覆われていて、昼日中だというのに薄暗い。長期間こんな場所にいたら、頭がおかしくなるんじゃないだろうか。実際、「夢の跡」と呼ばれる前線基地があるだけで、人の住む気配は皆無だ。この基地はまさに、これ以上の汚染と怨霊どもの跋扈を防ぐ最後の砦というわけだ。
過去、何人もの猛者たちがこの砦から死霊の門へと挑み、帰らなかった者も少なくはないという。
もちろん、洞窟内の怨霊どもを殲滅して帰還する強者達も少なからずいる。だが、死霊の門にいるのは怨霊軍の重鎮。何度倒しても甦るのだとか。その理由は、はっきりとはわかっていない。そもそも、怨霊達はどこからやってくるのか。人の情念や怨念が奴らを作り出しているという話も聞いたことがある。だとしたら、俺たち人間が存在し続ける限り、奴らも……? 戦いに、終わりはないのだろうか。もし、そうなら。いや、そうだとしたら尚更、人は強くならなければならない。
そうだ。強くなるのだ。俺は強くなるのだ。
いつか、奴らを残らず根絶やしにする、その日のために。
「難しい顔して、どうしたの?」
霊華が覗き込んでくる。深く蒼い瞳は、凪いだ海を思わせる。
無遠慮さには、乳臭さを感じないでもない。見た目通りの歳なのかもしれない。
「生まれつき、この顔だ」
「そーゆー意味じゃないんだけどな。あは」
笑ってみせる。やはり緊張感は感じられない。
「そんなことより仕事だ。敵は首狩りコマンダー。報酬は8:2」
「え、そんなにもらっちゃっていいの?」
とんでもないことを言う。
「俺が8でお前が2だ」
「やだなー。冗談だってば。私、回復するだけだしー」
物分りがいいのは結構だが、どうにも苛立つ。
「遊びに来ているんじゃないんだ。もう少し真面目にやったらどうだ」
「もちろん、報酬をもらう以上はちゃんとやるよ」
大げさに、法器を構える。よく見れば、かなり使い込まれた短杖だ。無数の細かい傷が、乗り越えてきた戦いを物語っている。もっとも、年季の入った武器を持っているからと言って、持ち主も年季が入っているとは限らない。
ほう。この短杖は。
「ワイバーンワンド。大層な物を持っているじゃないか」
「へえ。よく知ってるじゃん」
短杖を軽く放り、舞うようにくるりと一回転して、今度は左手で受け止める。テンペストローブの裾が、ふわりと揺れた。
「これを手にするのに、どれだけ苦労したことか。私のお気に入りだよ」
手にした短杖を見下ろす。しかし、短杖ではないどこか遠くを見ているようにも見えた。
詳しくは知らないが、ワイバーンワンドはかなり入手が困難なものらしい。聞いた話じゃ、かの黄昏の神器オッズグラムさえ凌駕する力を秘めているとか。
法器の性能は、術者の魔力をどこまで増幅できるかにかかっている。無論、高性能な武器ほど持ち主の力量を求められることは法器でも剣でも変わらない。しかし、ワイバーンは俺たちぐらいのレベルの術者にとってはトップクラスだという。 つまり、凡庸な術者も、こいつを持てば大魔法使いに早変わりというわけだ。
「そいつは頼もしいな」
「でしょでしょー? 大船に乗ったつもりでいてよ」
びしっと短杖を突き出して、ころころと笑う。おめでたいヤツだ。お前を褒めたわけではないのにな。
「お喋りは終わりだ。そろそろ行くぞ。ムラマサ」
軽く跳躍する。俺の声に呼応して、足元に飛仙剣が現れる。後は、念じるだけでどこまでも飛んで行ける。正直、どういう仕組みなのかはさっぱりわからない。飛仙剣自体は、腰に巻きつけた鞄に普段は収められている。これもどういう仕組みかはわからない。
腰に巻いている鞄は、戦士として剣仙城で冒険者登録をした時に支給されたものだ。なんでも、古代の神々の叡智を利用して作られているのだとか。小さく見える鞄だが、大抵の物はここに収まってしまう。アイテムごとにキーワードを個別に設定することができ、出し入れは所有者の声によってのみ可能だ。いくつかの簡単なルールを守れば、回復アイテムを鞄から出すことなく使用したり、武器を手に召喚することもできるし、防具を換装することもできる。やはり、仕組みはさっぱりだが。
「戻れ、ムラマサ」
飛仙剣は淡い光に包まれ、鞄の中へと消えていく。身体が重力につかまり、自由落下を始めた。腹の辺りに、すう、という感覚。何度やっても、あまり気持ちのいいものじゃない。
死霊の門が近いせいか、瘴気が濃い。夢の跡でもらった瘴気除けの札がなければ、五分ともつまい。
視界もかなり悪いが、見えないこともない。沼地に足を取られることに気をつければ、戦いにそう影響はないだろう。
瘴気の霧の向こうに、いくつかの騎影。騎影?
首狩りコマンダーは、馬の首の部分に人の上半身が乗っかったような姿をしている。あれを騎影と呼んでいいものなのか。
首狩りコマンダーめ。今日は、昨日のようにはいかんぞ。今日は、精霊師を連れてきて……うん? そう言えば、あいつ、どこへ行った?
「こらー!」
聞き覚えのある声に振り仰ぐ。
「ほんっとに、人の都合ってものを考えないよね、キミ」
白い翼を広げ、霊華が上空で腰に手を当てていた。
「あ、こら、覗くなー!」
慌ててローブのスカートを押さえているが。
「誰が見るか。子供に興味はない。そこでおとなしく回復に専念してくれ」
エルフだから実年齢はわからんが……いや、この際、実年齢は関係ないだろう。
「かっちーん。そゆこと言うんだ?」
スカートを押さえたまま、俺の傍に舞い降りる。プラチナブロンドが尾を引いた。
「おい、なぜ降りてきた? 巻き添えを食っても知らんぞ?」
「キミね、人のこと子ども扱いするけど、そう言うキミはいくつなの?」
ぐいぐいと、短杖を俺の胸に押し当ててくる。
「まだ18だが、今年で19になるな」
「がーん。超、ショック。私より年下じゃん」
「お前はいくつなんだ?」
「ハ・タ・チ! キミよりお姉さんだよ」
そう言って、大きくもない胸を反らす。
「20歳? それは人間の歳で言うと何歳なんだ?」
「しっつれーね! 人間の歳にしても20歳!」
「すまんな。エルフは外見から歳がわからない」
「と・に・か・く! 私の方がお姉さんなんだから、これからは『霊華さん』と呼びなさい」
短杖で胸元を軽く小突いてくる。鎧が、こんこんと乾いた音を立てた。
「……18と20なんて、大して変わらないだろう」
なのに、やたら年上ぶるのは子供っぽさの典型だと思うんだが。とは、口に出さないことにした。うるさそうだ。
「それは、まあ、そうだけど。でも、『お前』呼ばわりはやめてよね。私には『霊華』っていう名前があるんだから」
名前。名前か。
俺は、自分の名前が好きではない。
だけど。
名前、か。
「はいはい」
「『はい』は一回でいいの!」
「わかったわかった」
「わかってないじゃん」
やれやれ、とでも言うように肩をすくませる。やれやれ。
「そんなことより、仕事だ。コープスブレード」
キーワードに応え、鞄が光を放つ。それは俺の右手に収束し、愛刀になった。
「首狩りコマンダーは遠距離物理攻撃もしてくる。霊華は上にいろ」
「私なら大丈夫だよ」
「スカートを覗く余裕なんかないから安心しろ」
「いいから、行ってきなよ」
スカートを押さえている。ち。女ってのは面倒だな。
「絶対に奴らの攻撃範囲に入るなよ? お前が倒れたら俺も死ぬんだ。忘れるな」
睨みをきかせてみた。少しはびびるかと思ったが。
「自分の身は、自分で守れるから」
逆に真正面から見据えられた。今までにない、強い声色だった。
そもそも、騎兵と歩兵では勝負にならない。
槍はリーチが長いが、その分、懐に入られれば脆い。しかし、首狩りコマンダーは両の腕から二本の槍を繰り出してくる。それをかいくくることが至難だ。
「剣術三倍段」という言葉がある。徒手空拳で武器と戦う場合、相手の三倍の段位が必要だという喩えだったはず。剣と槍にも、近いものがあるんじゃないだろうか。
普通の騎兵は、槍を二本持ったりしない。だが、首狩りコマンダーは下半身が馬と一体化しているため、両手が空く。ただでさえ歩兵は騎兵に対して攻め難いのに、槍が二本で襲い掛かってくるなんてのは、手強いにも程がある。
左から槍。びびるな。これをかわして、ステップイン。
踏み込んだ先に、もう一本の槍が襲い掛かる。読まれてやがる。スウェーではよけきれない。後方に下がった所に更に槍。
もっと下がれば槍の射程圏外だが、それではいつまで経っても攻撃が届かない。それに、そこまで下がってしまうと、もっと恐ろしい魔法攻撃の餌食だ。
退くものかよ!
思い切って踏み込むが、やはり読まれている。
が、同じパターンが何度も通用すると思うなよ。
俺は剣を振り上げ、渾身の力で跳躍する。右腿に激痛。かわしきれなかったか。
しかし、既に俺は空中。
「食らいやがれ!」
両手に気を集中すると、刀身が白光に包まれる。
ヤツの肩口に向けて、全体重を乗せた剣を振り下ろした。
肉と骨を断つ感触。
剣は、肩口から腰の辺りまでを両断していた。
どす黒い体液が噴水のように噴出す。
俺は素早く剣を引き抜き──
「スタール君、まだだよ!」
首狩りコマンダーの口元が醜く歪む。
左腕の槍が、ピクリと動いた。
が、そこまでだ。それ以上は動くまい。
おれは慌てず、剣をヤツの心臓に突き立てた。
アタックウィンド。
一瞬だが敵の動きを完全に封じるこの技は、往生際の悪いヤツを黙らせるにはもってこいの技だった。
「もー。危なっかしいったらないよ」
ヒールの柔らかな光が降り注ぐ。よけそこなった右腿から痛みが引いていく。
「戦士なんでしょ? ピアッシングとかラピッドウェイブとか、上手く使ったらいいじゃん」
利いた風なことを言う。
「中間距離じゃ、勝負にならない」
「バカだねー。それで仕留めようとするからダメなんでしょ?」
「なんだと?」
呆れたように霊華が溜息を吐く。
「牽制、フェイント。それに、懐に潜り込むならダブルダッシュとかウィンドウォークとか、いくらでも方法があるでしょうに。わざと魔法を使わせて、詠唱中に加速して踏み込むとかさー」
何も知らないくせに、偉そうな口を利きやがって。
「そんなことしなくても、この剣一つで倒せる」
「あんながむしゃらな戦い方してたら、その内、死んじゃうよ」
眉を八の字にして俯いた。無性にイライラした。
「うるさい! 精霊師の癖に、戦士の何がわかるんだ! お前に剣が持てるのか? 鋭利な武器や爪、牙の前に身体を張って出て行けるって言うのか!」
「……できるよ」
こともなげに言ってのけやがった。まるで当たり前だとでも言わんばかりに。
「ふざけるな! 岡目八目って知ってるか? 遠くから見てるのと実際にやるのとじゃ全然違うんだよ! お前達精霊師はいつだってそうだ。安全な位置から魔法使ってるだけで、口ばっかり達者だ。いい加減にしろ!」
霊華は、俯いたまま動かない。固く握り締めた拳が小刻みに震えている。
怒っている? 冗談じゃない。怒っているのは俺の方だ。勝手なことばかり言いやがって。
「いい加減にするのはキミの方でしょ? キミ、強いんでしょ? "戦士にしか使えない"、色んな技を持ってるんでしょ? なんで使わないの?」
大きな瞳が、哀願しているようにも見えた。なぜそんな風に見えるのか。少し不思議だ。
「お前には関係ない」
「敵を知り、己を知れば百戦危うからずって言うよ。キミは、自分のこと、自分の使える力さえ知ろうとしてない」
なんで精霊師なんかに説教されなきゃならないんだ。だから、もう一度言ってやった。
「……お前には関係ない」
「私は、ただ」
霊華がくるりと背を向ける。白金のポニーテールがふわりと揺れた。
「もう誰も、死なせたくないだけだよ」
苛立ちが収まらない。何なんだ。何なんだ、こいつは。
くそ。ちくしょう。腹が立つ。いや、違う。怒りとも少し違う。わからないが、とにかく苛立ってしょうがない。
「キミにはまだわからないかもしんないけど」
霊華が振り返る。短杖を両手で包み込むように握っている。
「精霊師の力は、守る力。精霊師の戦いは、守る戦い……なんだよ?」
霊華の蒼い瞳の海は、相変わらず凪いでいた。
何を言っているのかわからない。
コイツは、戦士を知らないくせに戦士の戦いにケチを付け、あまつさえ、精霊師の戦いとやらを俺に押し付けようというのか。
「そうかい。なら、守ってくれよ。この剣を、貸してやるから」
押し黙るかと思ったが、躊躇いなく手を伸ばしてくるから驚きだ。
「バァカ。冗談だよ。できるわけねえだろ」
俺は剣を引く。
そうだ。できるはずがないんだ。精霊師なんかに。
子供っぽい意地悪だと自分でも思ったが、少しは溜飲が下がった。
「なーによ。せっかくお手本を見せてあげようと思ったのに」
わざとらしく腕を組んでそっぽを向く。
「ハッ。口の減らない女だ」
すると、こっちに向き直り、あかんべーをしてきた。
子供だよな、やっぱ。
「おーい……」
やれやれと肩をすくめているところに、聞き覚えのある緩い声が降ってきた。
「あれー? 王子じゃん」
見上げると、飛仙剣「マサムネ」に乗って、金髪を逆立てた男が手を振っている。
隣には、あの無愛想な売り子もいた。
金髪逆毛男と無表情女が俺達の傍に舞い降りてきた。
「霊華にスタールビー君、調子はどうだー?」
「俺はスタール・B・ジュウイクトだ! 変な所で切るんじゃない!」
ガキの頃、よくからかわれていた。「スタールビーなんて、素敵な名前じゃない?」なんて、昔付き合っていた女は言っていたが、やはり俺は好きになれない。
「すまんすまん、スタール。順調そうじゃのー」
凄みを利かせたつもりだったが、まるで意に介さない。掴み所のない男だ。
「ふん。当たり前だ」
「王子、どうしたの? お店は?」
霊華がひょいと、俺の背後から顔を出す。
「ミカが来たから任せた。んで、おいらは狩りに」
「ふーん。でも珍しいね。王子が狩りなんて」
「はっはっはー。まー、たまにはいいじゃろ?」
からから笑ってやがるが、大丈夫なのか?
いや、元戦士なのかもしれない。そういう話はたまに聞く。
見た目の服装というのも、アテにはならないものだ。実際、この男は鎧で身を固めているようには見えない。どう見ても私服だ。この奇抜な服は、確か、勝負服とか言われていたはずだ。エミーがどこからか手に入れてきて、俺に着せようとしたことがあったな。
ところが、私服の下に鎧を着込むなんてことが、冒険者必携のこの鞄を使えばできると聞いたことがある。もっとも、高額なアタッチメントパーツを使わなければならないって話だ。
俺は興味がないから考えたこともないが……エミーが確か詳しかったな。
「……本当は心配だったくせに」
無表情女がぼそっと呟いた。
「先生ー、霊華がついてるのに心配なんかするかよー。それに」
逆毛男は夢の跡がある方向に頭を向けた。
「親父の古い知り合いから、デビルアイの退治を頼まれてたしなー」
「そうだったかしら」
「先生には話してなかったっけか」
おいおい。デビルアイだと? 夢の跡の近くにいる、ワンランク強い魔物だ。首狩りコマンダーなどより遥かに手強い。
「なるほど。で、俺の取り分は?」
無表情女も精霊師のようだし、四人でかかれば倒せるだろう。
「……へ?」
逆毛が目を丸くした。
「俺の手を借りに来たんだろう? こっちの仕事がまだ終わってないが、手伝ってやらんこともない」
が、逆毛は首を横に振った。
「いや、仕事の邪魔はせんよ。行くのはおいら一人」
「はあ?」
耳を疑った。あのデビルアイを、たった一人で? 商人風情が?
確かに、元戦士で商人に転職したという話も聞かないことはない。だが、こんな緩い連中にデビルアイを倒せるほどの実力があるとは到底思えない。まして、たった一人で、だと?
「……正気か? 俺だって一人では勝てないかもしれないのに」
「はっはっはー」
自信満々に笑う。無知にも程がある。
「あー、でも、一理あるかも」
霊華が口を挟んだ。
「そうだろう? 言ってやれ、無茶だって」
「王子一人で行くんなら、先生がついてくる必要ないじゃん? え? 先生? あれ? 先生と王子ってアヤシイ関係?」
……何言ってんだ、こいつ? と思うが早いか。
無表情女が素早く動き、霊華の両頬を引っ掴んだ。
「……だから?」
「いひゃい、いひゃい……」
「それで?」
「はっはっはー。先生は商品の買い付けに付き合ってくれてるだけじゃよ」
無表情女が手を離すと、霊華は俺を盾にするように隠れた。
「ちぇー。つまんないのー」
て言うか、こいつら、緊張感がなさ過ぎる。
そもそも、あのデビルアイに商人が一人で挑もうっていうのが無謀もいい所で、なのにこの緩い空気は何なんだ。
激しく疎外感を感じる。別に寂しくはないが。
「じゃ、行ってくらー」
「まま、待て待て待て! 無茶するな! おい、女商人、止めろ!」
「だから?」
話にならん。
「霊華、止めろ!」
「だいじょぶだいじょぶ。だって、王子だよ?」
「知るか! くそ、俺が行く! ムラマ──」
飛仙剣を呼ぼうとした時、全身に何かが巻きつくような感覚が襲った。
動け、ない。
「……バインド」
この無表情女! てめえの相棒が死んでもいいのかよ!
こんな魔法まで使って止めるとは……逆毛との関係を揶揄されたことを怒っているのかもしれない。
「先生、何もそこまでしなくても」
「それで?」
無感情に呟く。
この女はサドかもしれない。
なぜかそう思った。
バインド。確か精霊師の得意とする魔法の一つで、対象の足を止めることができると聞いたことがある。長時間拘束できる魔法ではないはずだが、身体が自由になった時には既に、金髪逆毛商人の姿は霞んで見えなくなっていた。
「くそ。どうなっても知らんぞ」
沼地に生える毒々しい雑草を、思い切り蹴飛ばした。
「まーまー。王子なら心配いらないから。ね、先生?」
「別に」
無表情で夢の跡の方を眺めている。端正な横顔だが、好きになれそうもない。
不意に、瘴気が濃くなる。瘴気の向こう側には……殺気!
「コープスブレード……霊華、下がれ」
右手に、慣れた愛刀の力強い感触。
霊華と無表情商人は俺の後方に飛び退き、背を向かい合わせにして構える。
小刻みに蹄の音。それは一定のリズムを保ち、近付いてくる。
この音……一匹じゃないのか。
瘴気の霧を突き破り、槍を振り上げて現れた騎兵は、三体。
「いかん!」
丹田に気を集中し、両腕を眼前で交差。身体の中心が熱くなる。
間に合うか? 集めた気を、一気に解き放つ。
「パワーシャウト!」
裂帛の気合が四方に放たれる。一種の気当たりだ。殺傷能力はないが、アタックウィンド同様、敵の動きを止めることができる。
しかし、固まったのは一匹。残りの二匹は俺の両脇を駆け抜け、背後へ。
まずい! 後ろには……。
俺は動きを止めた首狩りコマンダーの前足を横薙ぎにし、振り返る。
既に二匹は霊華たちに肉薄していた。
槍を大きく振りかぶる。なぜだか、その動きがスローモーションのように見えた。
くそっ、ラピッドもピアッシングも、ここからじゃ届かない。
槍が振り下ろされようとしている。
俺は全力で地を蹴った。
──スタール、エミー、逃げて!
母さん!
──逃げろ、逃げてくれ、スタール!
父さん、父さん!
嫌だ、嫌だ、嫌だ!
うあああああああああああ!
「……ぁぁあぁぁあぁぁぁあああああああ!」
力だ。力だ。俺に、もっと力があれば!
間に合うのに、間に合ったのに!
槍が、振り下ろされている。
串刺しになる二人のイメージが、脳裏を駆け抜けた。
「レーヴァテイン!」
霊華の短杖が輝いた。光は腰の鞄に吸い込まれ、代わりにもっと大きな光が右手に凝縮していた。
激しい金属音が鳴り響く。
それが何の音かもわからぬ内に、首狩りコマンダーがのけぞる姿が網膜に焼きつく。ほぼ同時に、女商人を狙っていた魔物もまた。
「ホーリーフィールド」
危機に瀕していたとは思えない、女商人の声だった。
赤く輝く魔力の結界。それは、仲間の力を何倍にも増幅するという。
「あ、先生ありがとー。赤陣、助かるー」
涼しい笑顔で答えながら、目前の敵の足に剣を一振り。
速い。なんだ、これは。
苦し紛れに突き出された槍は空を切り、バランスを崩して低くなった胴体を横薙ぎにする。
そのまま振り向きもせず、宙返りをするように後方へ大きく跳躍。はためく白いロングスカートは、大空を翔る鳥のようだ。
どこへ?
白鳥は、女商人を狙っていた首狩りコマンダーの頭上を軽々と越えていく。
馬の背中を踏みつける前に、剣が背後から頭頂へ振り下ろされる。
易々と上半身を両断し、騎馬が倒れる前に馬の背中を蹴って、白鳥は舞い降りた。
全て、一瞬の出来事だった。あまりのスピードに、目で追うのがやっとだった。
「久し振りに法衣着たけど、やっぱ軽いよねー」
ぱんぱんと、埃を払うようにスカートを叩く。
「……でも、似合ってる」
「あはっ。ありがと」
何なんだ? 何なんだ、これは?
一体、何が起こった?
急激に下半身から力が抜け、俺は剣を持ったまま膝を突いてしまった。
霊華のあの動きは、何だったんだ? あまりに速く、そして強い。
特に、最初に攻撃を弾いたあの動き。のけぞる"二匹の"首狩りコマンダーの姿が目に焼きついて離れない。
女商人には、特に動きはなかった。
霊華は、自分の目の前の攻撃を弾いた上に、女商人への攻撃も防いでいたんだ。見えなかった。俺にはその動きが、全く見えなかった。
それにも増して驚きなのが、あの剣。
笑顔で女商人と何事か話す霊華の右手を見る。
仄かに緑色の輝きを放つあの剣は、間違いなく黄昏の神器。俺のコープスも黄昏の神器だが、霊華のアレは、格が違う。
おもむろに、女商人が両腕を俺に向けてピンと伸ばし、掌を合わせた。合わせた部分が光を放つ。そのまま右腕を引き絞り……これは、ウィンドアロー? なぜ、こっちに向ける? じょ、冗談だろ?
「伏せて」
言われるまでもなく、頭を抱えてうずくまる。
何かが破裂するような音が背後から響き、俺は振り返った。
馬が一匹、倒れている。いや、馬じゃない。これは、首狩りコマンダーの下半身。上半身は……?
そこで初めて、俺は自分の身体に付着している黒い粘液のようなものに気付いた。俺の身体だけじゃない。辺り一面に、似たようなものが飛び散っている。
「わーお。先生のアローって、マジやばいよね。怖すぎ」
言葉とは裏腹に、鈴のようにころころ笑っている。
「スタール君も、気をつけなよ? こいつらは本当にしぶといんだから。前足を奪ったからって、油断しちゃダメだよ?」
素直に頷くことはできなかった。もう何がなんだかわからない。俺は夢でも見ているのか?
しかし、近づく蹄の音が、俺を悪夢という名の現実に引き戻すのだった。
新手か?
放心しかけた身体に鞭を打ち、どうにか俺は立ち上がる。
しかし、霊華達に警戒する様子はない。
確かに、瘴気も殺気も感じないが……。
「おーい、こっちは終わったぞー」
現れたのは、白馬に跨った金髪逆毛商人。
「お帰り、王子。そっちも調子良さそうだね?」
「おう。新しく手に入れたシルヴィス君は絶好調さー」
「いや、馬じゃなくて……ま、いっか」
笑い合う二人。女商人は相変わらず無表情だ。
敵地のど真ん中だと言うのに、緩い空気に満たされつつある。
「しょ、商人、無事だったのか? デビルアイは? まさか、本当に倒してきたなんてことは」
「もちろん、さくっと」
軽く答えて、豪快に笑う。
「そ、んな、バカな。嘘だ。ありえん」
「そんなこと言われてもなー」
ここ、は。呪われた沼地、で。俺が、一匹でも手こずる首狩りコマンダーがひしめく場所、で。デビルアイ、に一人で挑む、なんて正直御免被りたいくらい、で。
「ん? どうしたんじゃスタール? ぼーっとしてると──」
複数の蹄の音。くっ、緩い空気に毒されていた。囲まれてやがる。
「クラウンボウやーい、っと」
馬上の商人の手に、弓が現れる。女商人も無表情に短杖を構えている。さっきは気付かなかったが、魔法を使えない俺にもひしひしと感じられる。とんでもなく強い。
馬上から逆毛が矢を放つ。速い。次々と首狩りコマンダーの急所を正確に射抜いていく。間髪を入れずに、隣の首狩りにも矢を浴びせる。何てヤツだ。馬上からの矢だけで首狩りコマンダー三匹を手玉に取っている。
「こんなもんか。先生」
「サンダーストーム」
女商人が短杖を一振りすると、雷鳴が轟いた。眩い雷光が首狩りコマンダーたちに降り注ぐ。まるで、無数の輝く大蛇が執拗に跳びかかるようだ。
肉が焦げたような匂い。魔法に疎い俺にだってわかる。あんなのを食らって、生きていられるはずがない。
「……それで?」
三匹が崩れ落ちる様を見届けることなく、女商人はくるりと背を向けた。
「霊華ー、そっちはどうだー?」
逆毛商人が馬首を巡らせた先に、白いローブをはためかせながら舞う霊華がいた。既に二匹が地に伏している。
霊華の持つ剣は俺のよりずっと長大で、多分ずっと重いのだろう。だがその舞は、まるで羽毛を扱うがごとく軽い。
ガキの頃、親父に連れられて剣仙の神事を見に行ったことがある。ゆったりとしたローブを身にまとい、美しく装飾された儀礼刀を片手に、若い巫女が舞い踊っていた。神様に捧げる踊りなのだと、笑顔で親父が教えてくれた。親父の肩の上で、まだ幼かったエミーが目を輝かせていた。舞は、優雅で、しなやかで、力強く、そして何より、綺麗だった。
気が付いたら、夢の跡にいた。
あの後も幾度となく襲われたが、よく覚えていない。多分、俺は完全に戦意を喪失していた。覚えているのは、想像を絶する三人の戦いと、霊華の剣舞、それから、戦いの中でも変わらぬあの冗談みたいな緩い空気だけ。
何なんだ。何なんだよ……。
「どしたの、スタール君? 疲れた?」
膝を抱える俺を霊華が覗き込む。
涼しい顔しやがって。何だって言うんだ、畜生。
「疲れてなんか、いないでしょう? だって彼は──」
「はっはっはー。先生、やめてやれよー」
そうだ。そうだよ。俺はほとんど戦ってない。疲れてるわけ、ないもんな。ははっ。
「畜生、畜生。何なんだ。何なんだ、お前らは?」
「それで?」
「先生ー、あんまりいじめるなってー」
もはや怒る気力もない。
「おいら達は、一介の商人じゃよ。ワケあって、ちょっぴり強い商人じゃけどなー」
「呪われてるから」
「それは言わない約束じゃろー」
はっはっはー、といつもの笑い声。
呪い? 呪いで強くなれるのか?
では、霊華も?
「あ、私は呪われてないよ?」
慌てたように手をばたばた振る。
「呪いで、強くなれるのか?」
一瞬、金髪商人の顔が曇った。この男には珍しい表情だった。
「スタール君。今、君が考えてること、何となくわかるけど」
よいしょ、と霊華が隣に座り込む。
「呪いの力も確かにあるかもしれないけど、王子達の強さは、呪いに負けない心の強さ、なんだ」
霊華の真摯な視線を感じる。俺は、霊華の目を見ることができない。
「呪いの力はどこまで行っても呪いの力。それがどんなに強い力でも、そんな力しか持てないなら魔物と変わらないよ」
金髪商人と女商人も、俺を見ている。だがやはり、俺は彼らの顔も見ることができない。
「俺は……強くなったんだ。そして、もっと強くなるために、ここにいるんだ」
いつもの緩い空気はなくなっていた。なんだか、落ち着かなかった。
視界の端で、霊華が微笑むのを感じる。
「そうだね。でも、スタール君の求める"強さ"って、何?」
スタール、逃げろ。頭の中で声が響く。
俺はあまりにも幼く、ちっぽけで、非力だった。妹の手を握り締めて、背を向けて走るしかできなかった。怖かった。逃げたかった。でも、逃げたくなかった。嫌だった。でも、背を向けるしかなかった。エミーが痛いと言っても、手を離さなかった。
「力だ……敵を倒す、力」
「それも確かに強さだけど」
手に、しっとりと、少しひんやりとした感触。
霊華の手が、俺の手に触れている。
「強さって、もっと色々ある。私はそう思うよ?」
ゆっくりと頭を動かす。蒼い瞳の海が、静かに凪いでいた。
「はっはっはー。確かに、おいらはちょっとばかり強いかもしれない。サシで勝負したら、霊華はまだおいらにも先生にも勝てんじゃろ」
霊華が苦笑する。本当なのか。
この霊華より強い? こいつらは、一体どれだけ強いと言うのか。
「でも」
無表情商人が口を挟んだ。
「霊華は、私にも王子にもできないことができる」
自らを抱くように、女商人は腕を組む。
「おっと、先生、そのポーズは」
「べじ太くん、余計なことは言わなくてよろしい」
「はっはっはー。久々に見る"先生モード"じゃー」
女商人は向き直り、俺を睨み付ける。逆らい難い何かがあった。
「もっと考えなさい、スタールくん。"強さ"は、一つではないわ」
それだけ言って、背を向けた。組んでいた腕は解かれ、だらりと下がった。
「そんなの、わからねえよ……」
強さとは、力だ。他に何がある? 力があれば、敵を倒せる。力がなければ、死ぬだけだ。
「ま、答なんかいくらでもあるじゃろ。でも、スタールにはまだ難しいかもしれんから、一つヒントをやろう」
はっはっはー、と笑うと、いつもの緩い空気が戻る気がした。
「霊華は、A級ライセンスの持ち主なんじゃな。おいらにも先生にも難しい、A級ライセンス」
霊華を見た。首が千切れるかと思った。
照れ臭そうに笑っている。
A級ライセンス、だと?
「まさか……『セイバー資格』か?」
霊華は、ゆっくりと頷いた。
呪われた沼地の空は、やはり暗く濁っていた。
商人達は買い付けとやらを済ませ、祖龍に帰っていった。
霊華も、ギルドの集まりがあるとかで、商人達と一緒に帰った。
雲とも瘴気の塊とも取れないものが、うねっている。
A級セイバー。
祖龍中の冒険者を集めても、その資格を取得している者は決して多くはないという。
強いはずだ。
商人達が言っていたことが頭から離れない。
力だけが強さじゃない。そのヒントは、霊華とA級セイバーという資格にある。
強いって、何だろう。
力が全てだと思っていた。今でもやはり、そう思っている。
だが、霊華の強さはそこに当てはまらない。多分、そういうことだと思う。
俺は強くなったはずだ。そして、もっともっと強くなりたい。
だけど、強いって何だ?
力、力。それ以外の、強さ。それは、一体何だ?
強くなるんだ、俺は。もっと、もっと。
「劇団ロンリースター」と言っていたな、確か。
俺は立ち上がり、歩き出す。
どこか遠くで、雷鳴が轟いた。